上智大学空手道部は、昭和28年創部の、体育会で最も歴史ある部のうちの一つです。同時に、上智らしいリベラルな雰囲気の中で、部員は主体的に稽古に励み、稽古や部としての活動を通じて自律した態度・姿勢を身につけていくことを目指しています。卒業生は空手を通じて修練された心身を以って、ビジネス、教育、国際関係等、多種多様な分野で活躍しています。
歴代師範
初代 安江 泰雅
第二代 村上 正人
第三代 斉藤 祐磁 (段位:千唐流空手道六段錬士師範)
第四代:現在 岩田 浩 (段位:千唐流空手道四段)
歴代顧問
初代 神藤 克彦 教授
第二代 野口 啓祐 教授
第三代 中村 宏 教授
第四代 土屋 隆英 教授
第五代:現在 ティエリロボアム 教授
歴代OB会長
初代 佐竹 章夫 (昭和35年卒)
第二代 安藤 宏一 (昭和36年卒)
第三代 八木 俊雄 (昭和47年卒)
第四代 佐々木 純一 (昭和56年卒)
監督
西 龍馬 (文学部国文学科卒)
コーチ
渡辺 徹郎 (神学部神学科卒)
大村 宜大 (文学部ドイツ文学科)
三学年
小野寺 とも | 経済学部経営学科 |
坂本 道子 | 法学部国際関係法学科 |
丹羽 尚美 | 法学部国際関係法学科 |
星野 大輝 | 国際教養学部国際教養学科 |
森 唯菜 | 理工学部物質生命理工学科 |
二学年
臼井 友哉 | 総合グローバル学部総合グローバル学科 |
王 銘浩 | 総合グローバル学部総合グローバル学科 |
谷貝 直美 | 総合グローバル学部総合グローバル学科 |
村越 大輝 | 外国語学部ロシア語学科 |
島巻 亮佑 | 人間学部社会福祉学科 |
佐藤 亮輔 | 経済学部経済学科 |
小島 大知 | 経済学部経営学科 |
松井 辰樹 | 経済学部経営学科 |
椿 健太郎 | 経済学部経営学科 |
引地 大 | 経済学部経営学科 |
一学年
直井 洸太 | 理工学部機能創造理工学科 |
森岡 俊太 | 理工学部物質生命理工学科 |
春日 良仁 | 法学部国際関係法学科 |
薛 天 | |
ブデック レネー | 国際教養学部国際教養学科 |
ジャン ベンソン | 国際教養学部国際教養学科 |
倉澤 理子 | 外国語学部ポルトガル語学科 |
駒込 瑠香 | 外国語学部ポルトガル語学科 |
藤本 莉子 | 外国語学部ポルトガル語学科 |
山本 あみか | 外国語学部ポルトガル語学科 |
指田 結衣 | 理工学部物質生命理工学科 |
コスタ クリスティ (マネージャー) |
文学部ドイツ文学学科 |
昭和27年(1952年)上智大学空手同好会が発足、翌28年(1953年)上智大学空手部に昇格した。
師範は韓武館(現・錬武館、糸東流)安江泰雅。部創立の頃は野天や韓武館での稽古で、30年代に入り大学構内の広場、部室、柔道場での稽古となった。
昭和40年に入り部員がアルバイト・OB関係者等募金活動により、約50畳の自前の道場を現在の図書館のあたりに建築した。この頃(昭和31年)、南山大学において第一回目の交歓試合を実施し、同年上智大学において両空手部による演舞会が開催されている。
また昭和33年(1958年)の合宿では千本突きが行われ、現在まで続く合宿での伝統となった。
昭和52年(1977年)安江師範が急逝され、この後5年間は三浦指導員(昭和44年度卒)を中心に上智OBによる指導員体制で部員指導がされた。昭和58年(1983年)になり、千唐流・村上正人師範、斎藤祐磁師範代を招聘した。平成10年(1998年)村上師範に代わり斎藤師範代が師範となり現在に至る。自前の空手道場は昭和53年(1978年)図書館設のため撤去となり、以後稽古場所は地下体育館になっている。
安江師範時代、対外試合は禁じられ、稽古は専ら基本の習得と、部員同士の約束組み手、自由組み手に重きを置いていた。村上師範が指導を開始するようになってから様々な団体の試合へ参加するようになった。主な成績としては、第1回全日本硬式空手道選手権大会有段重量級の部優勝、第3回全日本硬式空手道選手権大会有段軽量級の部優勝、第24回全国硬式空手道選手権大会有段重量級の部優勝、1993年北斗旗無差別オープントーナメントベスト16(特別賞受賞)、第8回国際千唐流空手道連盟宗家杯オーストラリア大会有段軽量級の部準優勝、第9回国際千唐流空手道連盟宗家杯ノルウェー大会有段軽量級の部優勝等。
~桜の話~
毎年春になると上智大学正門前の土手では多くの人が花見を楽しんでいますが、この場所に初めて桜の苗木を植えたのは昭和34年当時の空手道部の部員でした。昭和34年、当時主将を務めていた佐竹章夫氏は、自身の充実した大学生活への感謝の意を込め、また部員数が60名を超えたことを記念して、部員と共に60本の桜の苗木をイグナチオ教会の前から現在のホテルニューオータニの前までの土手の中腹に端から端まで、60等分して植樹をしたのです。その1,2年後近所の料亭も桜木を土手上の道に植樹し、現在の真田掘りの桜があるのです。
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